鹿児島地方裁判所 平成9年(ワ)886号 判決 1999年4月30日
原告
鹿児島県くみあい開発株式会社
右代表者代表取締役
吉村浩一
右訴訟代理人弁護士
鑪野孝清
同
池田
被告
国
右代表者法務大臣
陣内孝雄
右被告指定代理人
高橋孝一
外一五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金七億九一〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月一〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、原告が、被告の施工する天保山シーサイドブリッジ(以下「本件ブリッジ」という。)建設工事に関連する取付道路工事(以下「本件工事」という。)によって、別紙物件目録記載の原告所有の土地(以下「本件土地」といい、本件土地及び本件ブリッジの位置等は別紙周辺概況図のとおりである。)に接する道路の形状が変更されるため、本件土地の利用可能性が制約されて評価額(資産価値)が減少するとして、被告に対し、憲法二九条三項に基づき、評価額減少分の損失補償を求めている事案である。
二 争いのない事実及び証拠(各項冒頭記載)上明らかに認められる事実
1 当事者(甲一、三)
(一) 原告は、鹿児島県経済農業協同組合連合会、同信用農業協同組合連合会及び同共済農業協同組合連合会の出資により設立された株式会社である。また、右各連合会代表理事会長は、原告の取締役として選任されている。
原告は、営農及び生活等共同利用施設の取得又は賃貸、並びに研修、宿泊、スポーツ及び観光等の施設の取得、運営ないし賃貸を主な目的としている。
(二) 被告は、本件工事の起業者である。なお、被告において本件工事を管轄するのは運輸省であり、同省第四港湾建設局鹿児島港湾空港工事事務所が本件工事に関する事務を取り扱っている。
2 原告の本件土地所有等(甲一、七の1、2、検証)
原告は、昭和四八年七月、鹿児島国際観光株式会社から、本件土地を買い受け、それ以来、グラウンド及び駐車場として使用している。
本件土地は、その南側において、鹿児島市道与次郎ヶ浜二号線(道路幅は二三メートル、以下「市道二号線」という。)に隣接している。
3 本件工事による本件土地への影響等(甲二ないし六、七の1、2、検証)
被告は、鹿児島港臨港道路建設事業の一環として、平成五年六月に本件ブリッジの建設工事を計画したが、本件ブリッジの道路面は、市道二号線よりも約四メートル高い位置に設計されたため、市道二号線との高低差を解消して両者を連結すべく、市道二号線の車道部分のうち、本件ブリッジの西側約九八メートルの部分をスロープ状の取付道路とする本件工事がなされることになった。その結果、本件土地は、従来、市道二号線に対し、歩道を挟んでほぼ等高に一一三メートルの接道部分を有していたところ、本件工事が完成した場合には、右接道部分のうち九四メートルの部分がスロープ状の取付道路へと形状変更され、本件土地との間に最大約3.9メートルの段差を生じるため、本件土地の市道二号線に対する接道部分は一九メートルに狭小化することになる。
三 争点
1 市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、憲法二九条三項に基づく損失補償の対象となるか否か。
2 本件工事による本件土地の評価額の減少は、「特別の犠牲」に該当するか否か。該当するとすれば、その補償額。
第三 争点についての当事者の主張
一 争点1(市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、憲法二九条三項に基づく損失補償の対象となるか否か。)について
1 原告の主張
(一) 損失補償制度とは、適法な公権力の行使等によって生じた特別の犠牲に対する財産的補償を内容とするものであるが、現行実体法における損失補償規定は、補償対象となり得る全ての損失を網羅するものではない。したがって、実体法上補償規定のない損失であっても、それが一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲を超え、特定の者に対し特別の犠牲を課したものである場合には、憲法二九条三項を直接の法的根拠として補償請求することが可能である。
(二) 憲法二九条三項の損失補償の対象については、同条項の趣旨を明文化した規定である土地収用法七四条につき収用損失のほか事業損失も補償を要すると解されることから、収用損失のみならず事業損失も補償の対象となると解される。事業損失については、騒音等の公害に関する補償の外には、「みぞ・かき補償」が規定されているに過ぎないが、「みぞ・かき補償」の対象である損失は、その発生が類型的で事前に確実に予見し得る上、比較的簡単に補償額を算定できることから、特に補償規定が定められているのであって、右補償規定は、事業損失の中で補償対象となるものを特に列挙した限定的な規定とは解されない。
また、当該事業損失には、事業損失が被収用者以外の第三者に生じることも当然に予想されるものであることから、被収用者のほか、それ以外の第三者に生じる場合も含まれると解すべきである。
そうすると、原告の損失は、被収用者以外の第三者に生じた土地の交換価値の減少という事業損失であるが、憲法二九条三項の損失補償の対象となるというべきである。
(三) 本件土地の評価額減少分の損失補償については、秋田地裁昭和四九年四月一五日判決の事案が参考になる。
この事案は、国道に面していた土地が一部収用され、国道が高架道路となったため、収用後の残地と国道との間に約六メートルの高低差が生じ、残地の価値が減少したとして、土地収用法七四条に基づき減少相当額の損失補償を請求した事案であるところ、右秋田地裁判決は、同条の残地補償には収用損失のほか事業損失も補償対象となることを前提とし、前面道路の形状変更により生じる土地の価格減少を損失補償の対象として認め、その控訴審及び上告審各判決も土地の価格減少を補償額算定にあたり考慮すべき要素として認めている。
本件は、接面道路の形状変更により所有地との間に高低差を生じ、土地の価格が減少したという点で右事案と共通しており、残地補償の場合でない点、接道部分全部が失われてはいない点が右事案と異なるが、一部収用の場合とそれ以外とで区別を設けるべき合理的理由はなく、また、接道部分喪失の程度は価格減少分の算定の問題に過ぎない。
したがって、本件においては、土地収用法七四条のような実体法上の補償規定が存在しない以上、憲法二九条三項を根拠として損失補償がなされるべきである。
(四) 本件は、市道の形状変更により隣接地の評価額が減少する場合であるが、接面道路の形状変更は、土地利用上の制約という土地所有権に対する直接的制限の要素を含み、財産権本体に対する侵害それ自体であり、しかも、当該損失は、接面道路の形状変更により直接的にもたらされるものであるから、憲法二九条三項の適用要件としての「公権力により権利が直接制限される場合」に該当する。
被告は、接面道路の形状変更による損失は「反射的利益の喪失」に過ぎず、法的保護の対象にならないと主張するが、被告主張の「反射的利益」とは道路を通行できることを意味するに過ぎないところ、原告の主張する損失は、接面道路の形状変更による土地の交換価値の減少であり、これは右の秋田地裁判決のとおり、補償対象となるから、単なる「反射的利益」の喪失にとどまるものではない。
(五) 以上より、市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、憲法二九条三項に基づく損失補償の対象となるというべきである。
2 被告の主張
(一) 憲法規範の特質に鑑みると、憲法二九条三項についてのみ実体法としての性質、効力を認めることは、極めて特異なことである上、損失補償の要件である「特別の犠牲」や「正当な補償」は、その内容が抽象的・多義的・相対的であるため、個別事案において一義的な判断が困難であるから、憲法二九条三項は実体法規として非常に不完全な規定といわざるを得ない。したがって、同条項に基づく国に対する直接請求が認められるとしても、その適用範囲は極めて限定的なものと理解すべきであり、実定法に補償規定が存在する場合には、憲法に基づく直接請求が認められる余地はなく、実定法に直接の補償規定が存在しない場合でも、できる限り他の補償規定を類推適用すべきであり、他の補償規定の類推適用等の法解釈を駆使してもなお適用すべき実定法の補償規定が存在しないとされる場合にのみ、憲法二九条三項に基づく直接請求が可能であると解すべきである。
本件においては、原告が本件土地を専らグラウンド及び駐車場として利用してきた実態からすると、従前市道二号線に面していた門扉を、残る一九メートルの接道部分あるいは鹿児島市道与次郎ヶ浜一号線(以下「市道一号線」という。)側に付け替えることにより、原告の本件土地の利用目的を十分に達成できることから、道路法七〇条一項に基づく「みぞ・かき補償」によって原告を救済すれば必要にして十分であって、憲法二九条三項に基づく損失補償請求を認めることはできない。
(二) 憲法二九条三項による直接請求が認められるためには、公権力によって財産権が直接制限されるか、あるいは収用される場合であることが必要である。
憲法二九条三項の「公共のために用いる」の意味については、これを最も広く解釈し、公共事業ないし公共の福祉のために私有財産を強制的に取得する場合のみならず、公共のために財産権を侵害する場合を含むものと解する見解に立脚しても、隣地の事業損失については、私有財産を公共のために直接用いた場合に該当しない以上、憲法二九条三項による直接請求は認められない。
原告が挙げる裁判例において事業損失につき損失補償が認められたとしても、それは土地収用法七四条の残地補償が問題となった事案であり、隣接地に評価額減少という事業損失が生じた場合については、実体法上規定がなく、直ちに右裁判例の趣旨を及ぼすことはできない。
(三) 憲法二九条三項の補償の対象は、法的な保護に値するものとして一般的に承認された権利であることが必要である。
一般使用に供されている公物たる道路を公衆がその用法に従い自由に使用できるのは、道路管理者が公共用物として維持、管理していることの反射的効果であって、個々人が、これを利用する権利を持つためではない。これは、道路沿線の土地の所有者等が道路を通行することについても同様である。本件土地の間口がこれまで歩道を挟んで市道二号線に面していたことも、道路管理者が従来の市道二号線を運行の用に供していたことの反射的な効果に過ぎないから、本件工事の結果、仮に原告が主張するように本件土地の評価額が減少したとしても、それはいわゆる反射的利益の喪失に過ぎず、憲法二九条三項の損失補償の対象となるものではない。
二 争点2(本件工事による本件土地の評価額の減少は、「特別の犠牲」に該当するか否か。該当するとすれば、その補償額。)について
1 原告の主張
(一) 本件工事による接道部分の狭小化により、本件土地の利用可能性は大幅に制約される。すなわち、本件土地は、本件工事着工前は、市道二号線のいずれの方向からも本件土地へ容易に進入し、かつ、本件土地から市道二号線へ退出することができ、交通面で極めて利便性があったが、本件工事が完成した場合、本件土地と市道二号線との間の交通が大幅に制約されることが予想される。そうすると、本件土地は、都市計画上商業地域に指定され、本来多数の集客が見込める地域であるにもかかわらず、商業施設の建設が困難となり、その結果、本件土地の利用は効率の劣る用途に限定され、その収益性、市場性が著しく低下することになる。
(二) 本件土地の右利用可能性の制約に起因する評価額の減少は、原告の試算(甲六)によれば、本件工事着工前における評価額が二一億七〇〇万円であるのに対し、本件工事完成後における評価額は一三億一六〇〇万円になると予想されるから、その減少額は七億九一〇〇万円となる。
(三) 本件工事の完成により生じることが予測される本件土地の評価額の減少という損失は、一般的に生じる損失ではなく、本件土地を所有する原告にのみ生じる「特別の犠牲」である。しかも、評価額減少の程度は、金額にして七億九一〇〇万円、本件工事着工前の評価額の約37.5パーセントにものぼり、一般的に当然受忍すべき限度内にあるものとは解されない。例えば、原告は、本件土地を担保提供して融資を受けているが、担保価値の減少が生じると、原告の資金運営にも少なからぬ影響が出てくるのは必至である。
(四) したがって、本件土地の評価額減少分は、憲法二九条三項を根拠として補償されるべきである。
2 被告の主張
(一) 仮に、市道の形状変更による隣接地の評価額の減少が憲法二九条三項の損失補償の対象になるとしても、本件工事による本件土地の評価額減少は、「特別の犠牲」に当たらないというべきである。
(二) 原告は、本件工事の完成により本件土地の市道二号線に面する部分が狭小化することによって本件土地の評価額が下落すると主張するが、将来において上昇する可能性もあり、下落すると一方的に予測することには合理性が存しない。
(三) また、原告は、前原鑑定書(甲六)を損失額の根拠としているが、前原鑑定書には、次のとおりの問題がある。
すなわち、同鑑定書は、本件土地の減価要因として、第一に、本件工事に伴う市道二号線上の取付道路設置によって本件土地の間口が狭小となったこと、第二に、右取付道路設置によって本件土地への車両の出入りが困難となったことを挙げるとともに、本件ブリッジの完成による本件土地の増価の面については、本件土地に関する限りゼロ査定をしている。しかし、本件工事の完成後も本件土地と市道二号線とは一九メートルの範囲で段差がなく接しており、車両の乗り入れに支障はなく、右折による退出や南側隣接地との交通は元々中央分離帯により困難であった。そして、同鑑定書は、車両の乗り入れにつき、本件土地の北東側で面している市道一号線を利用することも可能であることを考慮していない。また、本件ブリッジの完成による交通の利便性向上や観光価値についても、同鑑定書は一方的な見方をしている。
このように、前原鑑定書の鑑定経過については客観性・公平性において問題があるから、到底信用できず、同鑑定書に依拠する原告の右主張も失当である。
第四 当裁判所の判断
一 認定事実
前記第二、二の事実と証拠(各項冒頭記載)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、同事実を覆すに足りる証拠はない。
1 本件工事の概要(甲二ないし六、七の1、2、一二、一七、乙五の1ないし5、六の1、2、検証、証人前原秀昭)
(一) 臨港道路計画の概要
鹿児島港は、鹿児島湾の薩摩半島に位置し、本港区、新港区、鴨池港区、中央港区、谷山一区、谷山二区、浜平川港区からなり、港湾区域は鹿児島市の南北二〇キロメートルにわたり細長く伸びている。鹿児島市の幹線道路は、国道三号(北西側とのアクセス)、国道一〇号(北東側とのアクセス)及び国道二二五号と県道郡元鹿児島港線・県道玉取迫鹿児島港線(南側とのアクセス)により市街地を南北に貫く形で形成され、都市交通と通過交通が混在し、交通量が多いため、日常的に交通が混雑している。
また、鹿児島港の港湾関連貨物は、背後の市街地への流動のほか、港区間の流動も多いが、鹿児島港の各港区は埋立地が多く、河川によって分断されているため、結局、前記幹線道路を経由せざるを得ず、港湾関連貨物の流動の支障になるとともに、港湾関連の大型車の幹線道路への流入自体が交通混雑の要因となっている。
そこで、幹線道路の混雑解消を図るため、鹿児島港港湾管理者である鹿児島県知事は、平成五年六月に港湾計画を改訂して臨港交通施設計画を策定し、平成一七年を目標年次として、事業費約五〇〇億円をかけて、南ふ頭線、南北ふ頭線、本港中央線、浜町線、新港区線、鴨池港区線、鴨池中央港線、人工島巡回線、南港中央線、木材港区線、東開南栄線、浜平川港線という臨港道路(ふ頭間連絡道路)を整備し、港湾関連貨物の交通は基本的に臨港道路を利用するとともに、一般車両も臨港道路を利用することにより交通上の利便性や経済性の向上も期待されている。このうち、臨港道路東開南栄線の谷山臨海大橋は、平成八年四月に供用開始され、産業道路の交通混雑の緩和に資している。
(二) 本件ブリッジの工事の概要
本件ブリッジは、前記臨港交通施設計画の一環である臨港道路新港区線の整備として、二級河川甲突川の河口に橋長二一〇メートル、幅員12.5メートル(車道3.25メートルの二車線、歩道3.5メートル)の橋梁を架け、新港区の鹿児島市錦江町と鴨池港区の同市与次郎一丁目を結ぶ鹿児島港(新港区)橋梁工事である。国の直轄事業として運輸省第四港湾建設局鹿児島港湾空港工事事務所が総事業費五〇億円余を投じ、平成八年三月に着工し、完成は平成一一年三月の予定となっている。
鴨池港区には、平成八年一一月に鹿児島県庁及び関連施設が移転し、交通量の増加が見込まれているが、本件ブリッジにより、天保山大橋(国道二二五号)付近の交通混雑度が大幅に緩和されると予想される。また、本件ブリッジは、周辺景観に調和するように設計施工され、鹿児島市のシンボルである桜島を望む橋として海側に前記歩道と橋脚部にバルコニーが設けられており、観光・余暇・文化ゾーンである与次郎地区の活性化にも資することが予想される。
(三) 本件工事の概要
本件工事は、本件ブリッジの道路面が、市道二号線よりも約4.2メートル高い位置に設計されたため、市道二号線との高低差を解消して両者を連結するため、市道二号線の車道部分のうち、本件ブリッジの西側約九八メートルの部分をスロープ状の取付道路とする工事である。前記鹿児島港(新港区)橋梁工事(第三次)として、平成九年七月二四日から平成一〇年二月二七日までの工期の予定で施工され、平成一〇年四月以降、排水溝や照明、舗装等の工事を行い、同年七月概ね完成し、その後市道二号線として供用開始された。
本件工事により、本件土地もその一画を成す与次郎地区において、国道二二五号から鹿児島市道与次郎ヶ浜六号線を経て市道二号線が連結されるとともに、本件ブリッジの利用により新港区への道路交通も連結されることになる。
なお、前記鹿児島港(新港区)橋梁工事及び本件工事に際して、本件土地の一部が買収ないし収用されることはなかった。
2 本件土地とその周辺道路(甲二、四ないし六、七の1、2、八、九の1ないし3、一〇、一七、乙五の1ないし5、六の1、2、検証、証人野村行幸、同前原秀昭)
(一) 市道二号線について
本件工事は、前記のとおり、市道二号線の車道部分に本件ブリッジと連結する取付道路を施工するものであり、工事に伴い、本件土地の市道二号線に接する部分一一三メートルのうち、東端から九四メートルの範囲については、道路面と擁壁部天端まで最大で3.9メートルの段差が生じるから、その段差部分については、車両の進入退出は不可能となる。しかし、本件土地の市道二号線に接する部分のうち、西端から一九メートルの範囲については道路面との段差はないから、本件工事完成後においても車両の進入退出は可能である。また、本件土地から市道二号線に右折で退出すること及び市道二号線から本件土地に右折で進入することは、本件工事によりほぼ不可能となったが、市道二号線には元々中央分離帯が設置されていたため、右折退出、右折進入は本件工事着工前から困難であった。
なお、本件土地と市道二号線との間には右段差部分も含めて歩道が確保されており、その歩道には幅約一メートルの植栽が設置される。
(二) 市道一号線について
本件土地は、北東面において市道一号線(幅員六メートル)に接しているから、本件土地の門扉を市道一号線沿いに設置することにより、本件土地への車両の進入退出が可能となる。市道一号線は、朝日橋手前で鹿児島市道与次郎ヶ浜四号線(以下「市道四号線」という。)と交差し、市道四号線の利用により市道二号線に通じている。なお、市道一号線は、東端(海側)において行き止まりであるほか、朝日橋から太陽橋までの西側部分も車両通行止めとなっている。また、市道一号線は、その北側が荒田川及び甲突川の護岸となっているが、ガードレールが設けられていない部分があるほか、駐車禁止の規制があるものの、駐車車両が見受けられることなど、現状においては、不特定多数人の利用には不適切な点がある。
(三) 本件土地と市道二号線を隔てた南側隣接地域との往来
本件土地と南側隣接地域との間の車両による直接の往来については、前記の市道二号線に設置された中央分離帯により、本件工事着工前から困難な状況にあった。本件工事完成後においては、本件土地から南側隣接地域に行く場合、市道二号線を左折退出し、取付道路を利用して同地域に行くことになる。また、南側隣接地域から本件土地に行く場合は、ジャングルパーク(遊園地)に接した市道四号線を北上して、市道二号線で右折した上で本件土地に左折進入するか、市道二号線を通過して朝日橋手前で右折して市道一号線に入り、東行して本件土地に進入することになる。なお、市道二号線を挟んで本件土地の向かいには、ショッピングセンター「ニシムタ」が存し、土曜日曜祝日は子供連れの利用客で付近道路も混雑している。
本件土地と南側隣接地域との間の歩行者の通行については、市道二号線に横断歩道が設置されていたところ、本件工事により右横断歩道は廃止されるが、前記取付道路の下部にボックスカルバートによるトンネル状の通路が設置され、歩行者の通行に供される。
3 本件土地の利用状況等(甲一、六、八、九の1ないし3、一〇、一七、乙五の1ないし5、六の1、2、検証、証人野村行幸、同前原秀昭)
(一) 本件土地周辺の状況等
与次郎地区は、鹿児島市の観光発展を目的として埋立造成されたものであり、その中でも本件土地の存する地区は、都市計画上、鹿児島市観光地区条例(昭和六三年三月一九日条例八号)により、観光・余暇・文化ゾーンA地区という指定を受けており、宿泊・保養施設、文化・余暇施設、娯楽・健康施設、飲食・ショッピング施設、業務・駐車場関連施設、高齢者関連施設といった用途上の制約がある。
しかし、与次郎地区は、市街地中心部から遠く、交通システムも整備されていなかったため、本件土地周辺においては、土曜日曜祝日はジャングルパークやニシムタ等の関係で人の出入りが多いものの、平日は集客力が乏しく、通常の商業では収益性が低いことから、ディスカウントショップ、パチンコ店、大型家具店、自動車販売店等が出店し、当初の目的どおりには発展していない現状である。
(二) 原告の本件土地の利用状況
原告は、昭和四八年に本件土地を取得後、現在に至るまで、鹿児島県厚生農協連合会所有の西側隣地と合わせてグラウンドとして使用するとともに、本件土地東側を駐車場として使用してきた。原告においては、その間、本件土地上にホテル等の観光施設や老人保健施設を建築する計画が持ち上がったほか、共済組合関係施設の代替地として売却する話もあったが、いずれも実現せず、現在も具体的な利用計画はない状況である。
(三) 本件工事による本件土地への影響
本件土地は、本件工事により、市道二号線との接面道路が少なくなり、間口の狭小化による車両の進入退出の便益が減少することは前記2(一)のとおりである。しかし、本件土地は、与次郎地区の中でも、幹線道路から離隔した臨海部に位置し、交通利便性が乏しかったところ、本件工事及び本件ブリッジの完成により、交通の便益が高まり、本件土地付近は通過車両が増加する反面、市街地はもとより、臨港道路を利用して遠隔地からのアクセスが向上し、車両による一般客の増大が期待される。錦江湾に浮かぶ桜島を間近に望む本件土地には、ホテル等の観光施設が最適であるところ、本件ブリッジ及び取付道路による景観の悪化は憂慮すべきほどではなく、かえって、本件ブリッジは本件土地に観光名所として付加価値をもたらしている。
(四) 本件土地の建築規制等
なお、鹿児島県建築基準法施行条例二二条ないし二四条には、用途指定のある建物の敷地について接面道路の長さ、その幅員等に規制があるほか、駐車場法施行令七条三項にも接面道路につき規制がある。また、高さが三一メートルを超える建築物及びそれ以下でも大規模建築物、複合用途建築物等については、建築確認以前に防災計画書の提出が建設省住宅局建築指導課長の通達で義務づけられ、その審査を担当する財団法人日本建築センターにおいて消防車等の進入路との関係で敷地と接面道路につき審査されることになる。しかるに、本件土地については、前記2のとおり、市道二号線のほか、市道一号線という接面道路があるから、右各種の規制は特に問題とはならない。
4 本件工事についての原告被告間の交渉(甲一三、一四、証人野村行幸)
原告会社では、平成八年五月ころ、被告担当者から本件工事について具体的な図面に基づき説明を受け、取付道路により本件土地の間口が狭小になることから、同年八月、被告に対し、文書で計画の変更などを求めたが、被告からは、計画変更はできない旨の回答があった。
二 右認定事実を前提として、まず、争点1(市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、憲法二九条三項に基づく損失補償の対象となるか否か。)について判断する。
1 憲法二九条は、一項で国民の個々の財産権の不可侵を宣言し、二項で財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定めるとした上で、三項において、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と規定し、公共の目的を達成するために必要があるときは、正当な損失補償を条件として、私人の財産権を公権力により収用ないし使用することができることを認めている。この損失補償制度は、憲法が国民の具体的財産権を保障していることを前提に、公共のため特定の者に課せられた特別の犠牲は全体の負担とするのが正義公平の理念に適合するという見地から、公益と私益との調整ないし損害を被った者への救済を図ったものと理解することができる。
右損失補償の制度趣旨によれば、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべき範囲を超え、特定の者に特別の犠牲を課したものである場合には、財産権の制限を定めた法規中に損失補償に関する規定を欠くときでも、直接憲法二九条三項を根拠として補償請求をすることができると解するのが相当である。
そして、憲法二九条三項の「公共のために用いる」との文言に照らすと、同条項を根拠とする補償請求が認められるためには、まず、公共のために私人の財産権が公権力により直接に侵害ないし制限される場合でなければならないというべきである。
2 そこで、本件において、市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、公権力により土地所有権が直接に侵害ないし制限される場合といえるか否かについて判断する。
(一) この点につき、原告は、(1)憲法二九条三項の損失補償の対象について、収用損失のみならず事業損失も含まれ、また、事業損失が被収用者以外の第三者に生じる場合も含まれるとした上で、土地収用法七四条の残地補償については接面道路の形状変更により生じる残地の価格減少が補償の対象になり、残地と隣接地とで区別すべき理由はないから、隣接地である本件土地の損失も補償の対象とすべきである、(2)本件工事は、接面道路の形状を変更することにより本件土地の利用可能性を直接的に制約し、本件土地の評価額減少という損失を直接的にもたらすものであるから、公権力により土地所有権が直接侵害ないし制限される場合に該当する、と主張し、それに沿う意見書(甲一六)もあるので、以下、検討する。
(二) 事業損失について
市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、公共事業の施行における施設の形態・構造・供用に起因して被収用者又は周辺住民が蒙る損失、いわゆる事業損失に該当するものであるところ、そもそも、事業損失は、いわゆる収用損失が公共事業のための権利取得裁決又は明渡裁決という公権力により直接的に生じる損失であるのに対し、間接的、派生的に生じる損失というべきものである。そうすると、市道の形状変更による隣接地の評価額の減少をもって、公権力により土地所有権が直接に侵害ないし制限される場合とはいい難く、憲法二九条三項の損失補償の対象とすることは困難といわざるを得ない。
ところで、昭和三七年六月二九日閣議決定による「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(以下「要綱」という。)四一条は、残地補償に関して、「事業の施行により生じる日陰、臭気、騒音その他これらに類似するものによる不利益又は損失については、補償しないものとする。」と定め、要綱の施行についての閣議了解第三は、「事業施行中又は事業施行後における日陰、臭気、騒音、水質の汚濁等により生ずる損害等については、この要綱においては損失補償として取り扱うべきではないものとされている。しかしながら、これらの損害等が社会生活上受忍すべき範囲をこえるものである場合には、別途、損害賠償の請求が認められることもあるので、これらの損害等の発生が確実に予見されるような場合には、あらかじめこれらについて賠償することは差し支えないものとする。」としており、事業損失については、損失補償ではなく、不法行為の理論により救済すべきとする指針が示されている。しかし、他方、要綱四二条は、土地収用法七五条と同趣旨の「みぞ・かき補償」を定めており、同補償が事業損失補償であることは明らかであるから、要綱及び土地収用法においても、事業損失を損失補償として救済する余地を否定しているわけではない。そして、およそ土地収用は、特定の公共事業のために行われ、土地収用と収用地上の同事業とは密接不可分の関係にあるから、同事業の展開によって生じる残地の価格ないし利用価値の減少という事業損失についても、同法七四条の「同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することに因って」生じる損失として、補償すべきであると解することも、土地収用法の解釈として十分に可能というべきである。
これに対し、隣接地については、残地と同様に右のような事業損失の発生が容易に予想されるにもかかわらず、要綱四四条は、取得又は使用に係る土地及びその残地以外の土地について、「みぞ・かき補償」を定めるのみであり、しかも、社会通念上妥当と認められる限度において費用の全部又は一部を補償するとし、残地の場合に比べ、その補償を限定している。土地収用法においても、隣接地については、九三条の「みぞ・かき補償」の規定のほか、何ら補償規定をおいていない。なお、接面道路の形状変更により生じた隣接地の用益又は管理上の障害については、道路法七〇条一項の「みぞ・かき補償」規定による救済が図られているが、これ以上の補償規定は同法にも存しない。
このように、残地補償と隣接地補償とを区別する扱いは、被収用者がその他の者と異なり、収用により生じる総ての損失の補償を受けるべき地位にあること、事業損失については評価損その他の無形のものが多く、その範囲、程度も不明確であるところ、隣接地の場合には尚更に損失の判断が不明確で困難なものになることなどに鑑みると、法律上やむを得ない区別として合理性が認められるとともに、憲法二九条三項の「公共のために用いる」という文言の解釈の帰結であるということができる。
したがって、土地収用法七四条の残地補償について接面道路の形状変更による残地の評価額減少という事業損失が補償の対象になるとしても、隣接地における同様の事業損失について当然に憲法二九条三項の損失補償の対象となるわけではないから、原告の右(1)の主張は失当といわざるを得ず、同趣旨の意見書(甲一六)も採用できない。
(三) 土地所有権と接面道路の通行について
本件土地については、被告が施工する本件工事によって市道二号線の形状が変更される結果、同市道との接道部分が少なくなり、同市道に面する間口が狭小化して車両の進入退出が制限され、本件土地を利用するにあたり、同市道を通行する便益が減少することは前記認定のとおりである。
しかしながら、本件工事は、本件土地自体に対して、何らの物理的有形的な侵害を及ぼすものでないばかりか、接面道路を通行する便益の減少により土地の評価額が減少するとしても、接面道路を自由に通行することと土地所有権の行使の自由とは本来別個のものである以上、特段の事情のない限り、本件工事により接面道路の通行の利益、自由が直接侵害ないし制限されるからといって、本件土地所有権が直接侵害ないし制限されるということはできない。
そこで、右の特段の事情について検討するに、公道を自由に使用することは、一般公衆が社会生活上諸般の権利を行使する上で欠かすことのできない利益、自由(民法七一〇条参照)であり、有効利用を本質とする土地所有権においては、接面道路の使用、便益が評価額(資産価値)の重要な要素となることも否定し難いところであって、接面道路の通行の利益、自由をもって法的な保護に値するものと認められる場合には、接面道路の通行の侵害ないし制限をもって、土地所有権に対する直接侵害ないし制限とみるべき場合も存するというべきである。
この点について、右の公道通行の利益、自由は、原則として、道路管理者が道路を公共用物として維持、管理し、公共の用に供していることの反射的利益として、一般公衆においてこれを享受しているに過ぎないのであって、このことは道路に隣接する土地所有者についても同様であるというべきである。すなわち、公道の設置管理者は、当該公道を一般公衆の通行に適した状態に維持、管理する義務を負担しているに過ぎず、公道の隣地の所有者に対して、当該土地が全て公道に面するように道路を設置・維持する義務を負担するものではないから、その反面として、公道の隣地所有者は、当該土地が全て公道に面するように道路を設置・維持させる権利や利益を有するものではない。そうすると、公道である接面道路の通行の利益、自由をもって法的な保護に値するものと認められるためには、隣地所有者が当該公道につき個別具体的な利益を享受していて、その公道の形状変更により隣地所有権の行使に著しい支障が生ずるという特段の事情が認められなければならないというべきである。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、本件土地は、従前、幅員二三メートルの市道二号線に面し、間口も一一三メートルと広く、車両の進入退出の利便性に優れていたところ、本件工事により、本件土地の市道二号線に接する部分一一三メートルのうち東端から九四メートルの範囲について段差が生じて車両の進入退出が不可能となるなど、右利便性が少なからず減少したということができる。しかしながら、原告は、昭和四八年に本件土地を取得後二〇数年にわたりグラウンド及び駐車場として使用してきており、本件土地に特に資本を投下した形跡もなく、現在も具体的な利用計画がない状況であって、土地所有権の本質である有効利用を図り、市道二号線の交通利便性を享受してきたとはいい難いところである。しかも、本件工事完成後においても、本件土地における車両の進入退出は、市道二号線に接する残存部分一九メートルの間口の利用のほか、現状ではやや難点があるものの、本件土地の北東側全面に接する市道一号線を利用することにより十分に可能であり、取付道路により遮断された市道二号線の歩行者横断についてはボックスカルバートによる代替措置も講じられているのであって、少なくとも原告の本件土地の利用状況に照らすと、本件土地所有権の行使に著しい支障が生じるとは到底認められない。さらに、本件土地は、幹線道路から離隔した臨海部に位置し、交通利便性及び日常的な集客力に乏しかったところ、本件ブリッジの完成により、市街地及び遠隔地からの交通アクセスの便益が高まり、車両による一般客の増大が期待されるばかりか、本件土地に本件ブリッジの観光名所としての価値が付加されたということもできる。
これらの事情を考慮すると、本件土地所有者である原告が市道二号線につき個別具体的な利益を享受しており、本件工事による同市道の形状変更により本件土地所有権の行使に著しい支障が生ずるという特段の事情が存するということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件において、原告が本件工事による市道二号線の通行制限を受けるとしても、原告の右通行の利益、自由をもって法的な保護に値するものとは認められないから、本件工事により本件土地所有権が直接侵害ないし制限されるということはできない。本件工事により本件土地所有権が直接侵害ないし制限されるとする原告の右(2)の主張及び前記意見書も失当というほかない。
(四) 以上によれば、市道の形状変更による隣接地の評価額の減少をもって、公権力により土地所有権が直接に侵害ないし制限される場合に当たるということはできない。
3 以上のとおりであるから、市道の形状変更による隣接地の評価額の減少は、憲法二九条三項に基づく損失補償の対象となるものではない。
第五 結論
よって、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することにし、主文のとおり判決する。
(裁判官鈴木秀行 裁判長裁判官牧弘二、裁判官山本善彦は、転補につき、署名捺印することができない。裁判官鈴木秀行)
別紙物件目録<省略>
別紙周辺概況図<省略>